死に方を考える

死に方って考えた事ありますか?


自分のはもちろんのこと、家族に聞いたことありますか?


死に方と言ってもhow toではなくて^_^;
whereとhowの事です。


父が先年亡くなったばかりですので、我が家では非常に現実的な話題なのですが
現代医療で、たぶん3大成人病で病院にかかり、余命いくばくもなくなったとしたら
しっかりと、その時点(というかそれ以前に)死にかたを決めておかないと
いつの間にか、高カロリーの栄養やら、利尿剤やら、強心剤やら
1日でも生きながらえるためのたくさんのものがを処置されます。


それは、少しでも長く=延命であり
本人の体としては、死に向かってすすんでいるので、逆行する処置であり
自然とは正反対の方向に進むようにすごく強力にされれるため
苦しみもひどく、栄養は行き届き、心臓もしっかり拍動しているので
最後の最後まで苦しいという意識もはっきりしています。


父も本当に辛かった。
腹水は溜まり続け、眼はしっかりと開き、意識もありました。


でもだからと言って、一体どの段階で処置を止めてもらえるというのでしょうか。
もしかしたら、持ち直して元気になるかも入れない、と家族は最後の一瞬まで願っているものです。


でも先日読んだ本に、こう書いてありました。


人間はよくできていて、亡くなるまでには、全身の機能がすこしずつ衰えてゆき
静かに眠るように、意識も薄らいでゆくのが本来だ。
昔は家で亡くなる方が大半だったが、見守る家族も、
眠るように亡くなっていく親や祖父母を落ち着いて看取る事がほとんどだった。


医療の発達は、もちろん世の中に役立っています。
でもその医療をどこであきらめるか。
いつ自然に帰るか決めるのは、誰なんでしょうか?


病気になる前の雑談で、何気なく話しておくのが一番かもしれません。